「バスケットピンポン、知らないの?」

取材先での雑談中、怪訝けげんな顔をされた。その名の通り、バスケットボールと卓球を合わせたスポーツで、和歌山が発祥の地という。
バスケと卓球、どんなふうに合わせているのかな?
まずは、和歌山市山口西の「バスケットピンポン協会」を訪ねた。(松尾由紀)

卓球台の4分の1

出迎えてくれたのは、日本バスケットピンポン株式会社の北原友也社長(57)。協会事務局は同社にある。
バスケットピンポン、略して「バスピン」と呼ぶ。
「基本は卓球ですが、一番の特徴は台が小型であること」と北原さん。
金属製の脚の上に緑色の天板が置かれた卓球台は、国際規格の卓球台に比べると、ざっと4分の1以下の大きさだ。
もう一つの特徴は、台の両端にあいた直径10センチの穴。下にはネットがあり、これが「バスケット」の名を冠した所以ゆえんだ。
サーブはラケットを使わず、ラケットを持たない手で投げ入れる。卓球と同様に打ち合うが、穴に球を入れたら「ヒット」で2点の得点。

ヒットを含めて11点か12点を取ったら勝ちだ。
バスピンができたのは66年。
考案者は、北原さんの妻ゆりさん(57)の父・故北原雄一さんだ。
雄一さんは「家庭で親子が楽しみ、コミュニケーションが取れる遊びを作りたい」とバスピンを考え出した。長く教育行政にかかわり、56歳で県教委の教育次長を辞め、バスピン用卓球台製造の同社と、普及に携わる同協会を作った。
バスピン用卓球台を作っているのは同社だけで、これまでに5、6万台売れた。
学校や職場でのレクリエーション用が中心だが、最近は高齢者の運動目的でもよく出る。兵庫県尼崎市の市立総合老人福祉センターには約10台あり、定期的にミニ大会を開いている。
北原さんは「最初は高齢者にできるのかなとも思ったけれど、皆上手で驚きます」と話す。

「名人」と勝負

「力の入れ方が違うから、卓球が上手な人がバスピンも上手とは限らない。子供も初心者も楽しめるのがバスピンの魅力」と北原夫妻。
その魅力に迫ろうと、挑戦してみた。
対戦相手は、協会公認「バスピン名人」で打田町東大井の保田耕志さん(64)。
差し出された名刺には、アテネ五輪に出場する卓球の福原愛選手と一緒に写った写真が刷られていた。3年前、テレビ番組の企画でバスピンの試合をしたという。
「1点差で勝ちましたが、苦戦したなあ」
保田名人は元粉河町職員で、雄一さんと共にバスピンの普及に努めた。今も、講習の依頼があれば県内外に出かける。
ゲームは名人のサーブでスタート。
カスッ、カスッ、ヒュー。
名人はやさしく打ってくれるのに、私のラケットは空を切る。
力を入れ過ぎ、コートの向こう側へ。
7対2で迎えた後半、名人は「じゃ、ヒット行きますよ」と宣言して、本当にヒットを取った。さすが名人。
全く勝負にはならなかったが、背中にはうっすら汗をかいた。
試合後、名人と北原さんが真剣勝負を見せてくれた。速く、力強い。
「月に数回、1人で練習もします。バスピンは老化防止、ぼけ防止になるんですよ」と、名人が笑った。
バスピンについての問い合わせは、同協会(073・461・6511)へ。

朝日新聞和歌山版より(5/14)

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